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雲ひとつないさわやかな秋晴れのある土曜日。ママ特製の焼きうどんのお昼ごはんを食べたあと、ボクはママと午後のブリッジレッスンで使うハンドをシャッフルしてた。みんなが来たらすぐにブリッジを始められるように、レッスンの日はいつもそうしてるんだ。
みんなとブリッジするのはいつだって楽しいんだけど、ボクは最近ちょっとモヤモヤしてるの。このごろ、みんなすっごくブリッジが上手になってきた感じなのに、ボクだけなんかちがうっていうか。キャンプのときだって、ビッドのとき、レスポンダーが新しいスーツを紹介したらパスしちゃいけないってことをすっかり忘れちゃってて、ホッキョク君につっこまれたし。ボクだけおいてけぼり~、な感じ? |
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「あら、ため息なんかついて、どうしたの? らしくないわね」ママの声にちょっとびっくりして顔を上げた。
「え?ボク、ため息ついてた?」「はあ~ ~ ~!っておっきくね。どうしたの?」
「なんかね~ 」思わずまた、はあって息をはいちゃった。
「なあに?言ってごらんなさいな」「あのね、ボクね、最近ブリッジでのびなやんでいる気がするんだ」
ママは目をまんまるく見開いてから、「ぷっ!」て吹き出した。
「ごめんなさい。まじめな相談だったのにね。どうしてそう思うの?」
「うーんと、みんなは上達しているのに、ボクは自分が上手になってるっていう実感があんまりないっていうか、ブリッジしてても始めたころと自分がやってることはぜんぜん変わってないのかなあって思って… 」
「そうねえ。ママは橋之介もみんなも少しずつ上手になっていると思うわよ。でも、そんなふうに思うなら、ブリッジをするときにもう少しいろいろなことを意識してやってみるようにしたら?」「意識?」
「そう、想像力をはたらかせてみるの。たとえばオークションのときに、ビッドからわかる手がかりがいろいろあるでしょう。だから、パートナーや対戦相手の手はどんな手なんだろうって想像してみるの。プレイやディフェンスでもね。みんなただカードを順番に出しているんじゃなくて、いろいろ考えて出してるわけでしょう。どうしてパートナーはこれを出したんだろうとか、ハートのKは誰が持ってるんだろうとか、あれこれ想像してみるとおもしろいわよ。あとで、想像どおりだったかすぐに確かめられるしね。そういうふうにブリッジをしていると、だんだん全体の手がわかってくるようになるのよ」
「へえー、むずかしそうだけど、おもしろそうだね。じゃあ、ボク、今日のレッスンではいろいろ想像しながらやってみる!」 |
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全員集合したところで、ママはさっきの想像力のお話をみんなにもしたんだ。
「想像力をはたらかせると、オークションやプレイの間にも、手がかりがたくさんあることにも気がつくはずよ。今日はそれを意識してやってみてね」
「ふだんも考えてはいるけど、『想像してみる』ってことを特別に意識してみるってわけだね」「なんだかおもしろそう」みんなも興味しんしんみたい。 |
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いつものようにカードドローをして、ペアを決めた。最初はツキノワ君が抜け番、ボクのパートナーはカーチャちゃんだ。さっそく最初のボードにとりかかった。 |
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ディーラーのホッキョク君はパス、ボクはとっても弱い手だから当然パス、次のエリーちゃんが1とオープン。すると、パートナーのカーチャちゃんが1とオーバーコールした。
そうそう、今日のテーマは「想像してみる」だよね。えーっと、エリーちゃんは13HCP以上あって、は5 枚以上。カーチャちゃんはが5枚以上で、点数もけっこう持ってるはずだよね。最低10HCPくらい?
ホッキョク君は2NTとビッド。うわお。最初はパスだったけど、ホッキョク君もけっこう強い手なんだね。ボクがとても弱いハンドだから、ほかのみんなに点があるんだ。 |
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結局、コントラクトはエリーちゃんの4になった。カーチャちゃんから5のリードがきて、ダミーがひろがった。
なあるほど、ホッキョク君はもう少しでオープンできるくらい、強い手だったんだね。さっきのボクの想像、けっこう当たってるじゃん!っと、想像、想像。カーチャちゃんの5はなんだろう?長いスーツからの4番目のカードのリード、フォースベストかな?すると、カーチャちゃんはとをたくさん持ってるのかな? |
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エリーちゃんはダミーから2を引いたから、ボクは8を出した。だって、ダミーにの9と7があるから、ボクの手の中のJや10を出したらもったいないもんね。
エリーちゃんはAで1トリック目を勝って、自分の手から小さいを出した。すると、カーチャちゃんはAを出して、次にのAを取ってから7と続けた。さすが、カーチャちゃんもやっぱりたくさん絵札があるんだね。
ボクはのときに、一応、最初に5を出してから3を出してみた。こうゆうふうに大きいカードを出してから小さいカードを出すと、ボクのが2枚って伝わるんだよね。
エリーちゃんは、の2トリック目をKで勝って、またを出してきた。カーチャちゃんは、K。わあ、カーチャちゃんはのKも持ってたんだ。
カーチャちゃんからまたが出てきて、ダミーからはQ。ボクはラフしたかったけど、もう切り札がなかったから、の3を捨てた。エリーちゃんはダミーのQが勝ってるのに、ハンドのでラフしてからJをまた出して、カーチャちゃんの手に残っていた3枚目のを狩り上げた。なあるほど、エリーちゃんは早く切り札を狩ってしまいたかったんだね。いろいろ想像すると、おもしろいなあ。
ここでエリーちゃんが自分の手をひろげてクレームした。
「もうそちらに切り札はありません。はダミーのJがいちばん強いカードになっているから、Aでダミーに入って、自分の手の中の6を捨てると、あとはぜんぶ取れます」「4メイクだね」
ひゃあ、いろいろ想像している間に、もう1ボード終わっちゃったよ。
「はい、よくできました。じゃあ、最初のボードだから、いまの手を少しおさらいしてみましょう」ママに言われて、みんながカードをひろげた。 |
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「エリーちゃんは、どういうことを想像したか教えてもらえる?」ママの質問に、エリーちゃんは、「まず、オークションでホッキョク君が2NTとレスポンスしたとき、ゲームの可能性はあるかなあと想像してみました」
「カーチャちゃんがでオーバーコールしたのに、最初にパスしたホッキョク君が2NTと言うってことは、ゲームにさそわれているわけですから」
「私の手をもう一度よく見てみましたけど、NT には向かない手だったので、ゲームはやりたいけどやるなら がいいと思って、3 とビッドしました。ホッキョク君からは3NTという返事だったけど、NTをプレイするにはがとても心配だったので、4を選びました」 |
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「の絵札があまり強くなかったから、少し心配でしたけど、ホッキョク君がNTを2回言ったから 、には何か絵札があるんだと想像しました。私もKを持っていましたから、で2トリックくらい負けても大丈夫かなと決心しました」
へー、オークションの間にエリーちゃんはいろんなことを想像していたんだね。みんなの想像を聞いてみるのも、おもしろいなあ。
「ダミーが出てきた後は、カーチャちゃんの手をできるだけ想像してみようと思いました。きっと、残りの絵札のほとんどはカーチャちゃんが持っているのかなあと思いました」
「オープニングリードの5はどう思った?」「小さいカードだったけど、たぶんシングルトンじゃないかと。橋之介君の手に入ることがあったら、ラフしたいのかなと思いました。こうして全部のカードを見たら、この想像は当たっていたことがわかりました」
へー、ボクは5はフォースベストだと思ったけど、エリーちゃんは別の想像をしていたんだね。確かにKもカーチャちゃんにありそうと思ったら、カーチャちゃんはあまりを持っていないと考えるのもアリかも?
「カーチャちゃんは何を想像したの?」ママがたずねると、「まず、オークションから、橋之介君の手はたぶんとても弱いんだろうと思いました。私もオープンできる強さを持っているのに、パストハンドのホッキョク君が積極的なビッドをしていましたから」
「もしかしたらがラフできるかもと思ってリードしましたが、ダミーを見たあとは、橋之介君のハンドに入ることはほとんどなさそうと思いました。そこで方針を変更して、万が一、橋之介君のが1枚なら、コントラクトを落とすことができると思って、Aですぐに上がって、Aを取ってから、を続けてみたんです」
なるほど、そういうわけだったんだね。
「ボクも見学していて、カーチャちゃんがそういうふうに方針を変えたんだろうなあって想像していましたよ」ツキノワ君がそっとつぶやいた。
「さすが、ツキノワ君、見学していても、ちゃんと想像しているんだね!」ボクはみんなの想像力にすっかり感心しちゃった。
「オレもダミーだったけど、プレイのときは、どういうつもりでみんなでやってるのか、いろいろ想像してみたぜ。いつもダミーはつまんないって思ってたけど、こういうふうによく観察しながら想像力をはたらかせると、案外おもしろいな。橋之介がのハイロー出したのも気がついては2枚なんだなってわかったし、自分も参加している気分だったよ」
思いがけず、ホッキョク君がボクのシグナルのことを言ったので、なんか照れくさかった。
「ボクも、いろいろ想像してみたら、なんだかいつもより、もっとおもしろい感じがしたよ。さ、次のボードもやってみようか」 |
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抜け番を交代しながら8ボードが終わったところで、ママが「そろそろ、おやつにしましょう。みんな手を洗ってきてちょうだいな」と声をかけた。
今日のおやつはママ特製のパンプキンパイとアップルチップス!あったかいミルクティーとあうんだなあ、コレが!
「意識的に想像するっていうのは、とてもおもしろいですね」2切れ目のパイをほおばっていると、ツキノワ君がぼそっとつぶやいた。
「ふだんもいろいろ考えてブリッジをしているつもりですが、ときどき思考が中断して、何となくカードを出しているだけだったり、ただ単にどのカードを出そうか迷うだけだったりすることもあります。でも、常に想像力をはたらかせるようにと意識していると、相手のハンドも何となく見えてくるから、迷いが少なくなるような気がします」
「さすが、ツキノワ君、相手のハンドも見えてきちゃうんだ!」ボクが感心していると、「いやあ、想像がまちがっていることだってありますから… 。そんなに見えるわけじゃないですよ。まだまだです」とツキノワ君はまっかになってうつむいた。
「たしかに、大はずれなときもあるよな!オレなんてしょっちゅうだよ」ホッキョク君が笑いながら言った。「でも、意識して想像するってのはおもしろいや」 「私も、今日はなんだか別のゲームをやってるような気持ちがしたわ」「うんうん。新鮮な感じがしたわよね」女の子たちも、この想像力レッスンが気に入ったみたい。
みんな、今日はすごいなあ。だけどボクだって、想像する練習をばっちりしたってとこを見せなくちゃ。ボクはあわてて食べかけのパイをのみこんだ。
「そうだね、想像するのはむずかしいと思ったけど、意外に楽しいね。こういうのを、『想像力を苦心する』っていうんだね」
急いで言ってみたけど、あれれ、みんなしーんとなっちゃったぞ。
「… … もしかして、それ、『想像力を駆使する』のことですか? 」
「うんもう、橋之介君ったらまた!私、あんまりあきれちゃって、思わず出遅れたわ。とうとうツキノワ君につっこまれちゃったじゃないの!」エリーちゃんの手がボクの背中をバシッとたたいて、みんながわっと笑い声をあげた。
ええーっ?ショック!今日こそカッコよく決めたと思ったのにぃ。「『くし』ってどんな字かわかりますか?こうですよ」ってツキノワ君が漢字を書いてくれたけど、「苦心する」んじゃないのかあ。意味、あってそうじゃない?
「でも、橋之介君の想像力が実はいちばんすごいような気がするわ。だって、食べ物のことを話すときの橋之介君の想像力には誰もかなわないんだもの!」カーチャちゃんの言葉に、みんなはまた大爆笑!でも、たしかにそうかな?食べ物のことなら、ボク、誰にも想像力で負ける気がしないもんね。ブリッジでもおんなじように想像力を苦心、ちがった駆使すればいいんだ。
ようし、がんばっちゃおうっと!お昼ごはんのあとのちょっぴりブルーな気持ちなんて、もうどっかにふっとんじゃったよ。ママ、どうもありがとう! |
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ブリッジするときには意識的に想像してみよう。 |
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オークションにも、プレイにも、手がかりはたくさんある。 |
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想像力は駆使するもの。苦心じゃない。 |
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