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今日は久々のママのレッスンの日。実は、すっごく待ち遠しかったんだ。だって、ここ何回か、ママのレッスンはお休みが続いちゃったんだもん。
なぜかって言うとね、学校の友だちのお母さんグループにたのまれて、ママがミニブリッジを教えに行ってたからなの。ほら、こないだの学習発表会でやったボクたちの劇でブリッジの場面を入れたでしょ。あれを見て興味をもったお母さんたちが、ママにぜひ教えてって。何も土曜日じゃなくたっていいのに、みなさんの都合が合わなかったんだって。
そりゃあ、ブリッジ好きの人が増えるのはボクもうれしいよ。けど、ボクだって最近はますますブリッジに燃えちゃってるから、レッスンがお休みになっちゃったのにはがっかりだったよ。
ピンポーン!
あ、チャイムの音だ!みんなが集まって来たみたい。ようし、今日は久々に張り切っちゃうぞう! |
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待ち遠しかったのはみんなも同じだったみたい。ボクらは急いでカードドローでペア決めをして、さっそく最初のボードにとりかかった。ボクのパートナーはカーチャちゃん、相手はエリーちゃんとホッキョク君。ツキノワ君はぬけ番になった。
最初のボードはホッキョク君が4のディクレアラーになった。上手にプレイされて5メイクされちゃった。
「ナイスプレイ!パートナー」エリーちゃんもホッキョク君のプレイに感心したみたい。
次のボードはエリーちゃんの4。カーチャちゃんがを 4 枚も持っていて切り札の分かれが悪かったから、とてもむずかしいハンドだったけど、エリーちゃんも上手にプレイしてメイクしたんだ。「すごいぜ、パートナー」ホッキョク君もさっきのお返しのように、エリーちゃんをたたえた。しばらくレッスンがなかったのに、なんだかみんなすっごく上達してない?
最初の2ボードはディフェンスだったけど、今度はボクもたくさん絵札を引いたよ。うわお、数えてみたら16点もある!バランスハンドだったから、ボクは 1NTってオープンしたんだ。カーチャちゃんは3NTと答えてくれたので、コントラクトはボクの3NTになった。ようし、せっかくのゲームだし、ボクもがんばろうっと!
エリーちゃんがKをリードして、ダミーが開いた。 |
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「サンキュー、パートナー」カーチャちゃんのダミーに向かって、ボクはまずお礼を言った。さ、プレイを始める前に計画を立てなくちゃね。ボクはダミーとにらめっこを始めた。
ボクとダミーのハンドは3枚 、3枚 、4枚 、3枚の形でまったく同じだった。こういうのって、ミラーハンドって言うんだよね。鏡に映したみたいだから。うんうん。前に教わったことをけっこう覚えてるぞ。この調子。 |
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ボクはすぐに勝てるトリックがいくつあるか数えてみた。はAでひとつ、はAKで2つ、はAKQで3つ。全部で6つだね。あと、はAを追い出しさえすれば3つ取れるはずだから、まずはを試さないとね。
でも、エリーちゃんはKを出してきてるぞ。Kってことは下にQもJも持ってるってことだよね。はいちばん弱いスーツだから、困るなあ。Aをエリーちゃんが持ってたら、Aで負けたときに残りのをぜんぶ取られてヤバくない?あ~、でもを負けにいく以外、ほかにトリックを増やす方法はないんだから、やるしかないよね。よし。ボクも男だ、この計画で行くぞう!
「Aをお願いします」ボクは1トリック目をダミーのAで勝ち、Aを追い出すために、ダミーからを引いた。すると、なあんとホッキョク君からAが!わーい、エリーちゃんがAでなくてよかった。ほっとしてたら、ホッキョク君からはが出てきた。
はっ!そっか。ホッキョク君がAでも、を出されたらおしまいだよね。むむむぅ…。あ、でもエリーちゃんのが5枚以上じゃなければ、あと3つしか取られないから、もしかして大丈夫かも?
と思ったのもつかのま、エリーちゃんはで4トリック取って、ボクの3NTはあっというまにダウンしちゃった。でもメイクできないようになってるんだから仕方ないよね。
「ちょっとあわてちゃったのね、橋之介君」カーチャちゃんが、はげますように声をかけてきた。「え?だって、このハンドはメイクできないでしょ?」
「なーに寝ぼけてんだ、橋之介。メイクできたはずだぞ」ホッキョク君が、自分の手を見せながら言った。
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「ほら、オレは2枚しかを持ってないだろ。だから、の2巡目か3巡目にAで勝ってたら、Aで勝ったときにを出すことはできなくなってたのさ」
「そうですよ。エリーちゃんは以外のスーツですぐに勝てる絵札がありませんでしたからね。1トリック目にAを出さなければ、メイクしていたんですよ」見学していたツキノワ君も解説してくれる。 |
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「そっか~!」ボクはぽんと手をたたいた。「なるほど~、うっかりしてたね。自分がディフェンスする方だったら気がついたのかもしれないけど…。落としちゃってごめんね、パートナー」ボクがカーチャちゃんにあやまると、カーチャちゃんはにこにこしながら、「いいのよ。次はがんばりましょう」って、またはげましてくれた。
ボクたちのやりとりを聞いてたママは、「みんな、すごいわね。少しお休みしていたあいだに、ますます上達したみたいね」と目を細めた。
「こういうプレイを『ホールドアップ』っていうのよ」ママが続ける。「相手のリードしたスーツがそのパートナーからなくなるまで、特にNT コントラクトで強くて長そうなスーツをリードされたときには、よく使うテクニックなの。勝とうと思えば勝てるけど、勝たないでおくプレイのことよ」ママは続けた。
「リードされたスーツ、いまの場合で言えばで、ヤバイ方の相手の手にわたられることを防ぐってわけだな。ヤバイやつがA を持ってたらそれまでだけど、ダメ元で最善の努力をしておくってわけだね」ホッキョク君がそう言うと、「っもう、ホッキョク君ったら、口が悪いんだから!ヤバイ相手とか、ヤバイやつって…。ほかに言い方ってもんがあるでしょ。失礼しちゃうわ!」エリーちゃんが口をとがらせたので、みんなが笑った。
「2巡目に勝つか、3巡目に勝つかは、どうやって決めるの?」ボクはママに聞いてみた。「ケースバイケースだけど、さっきの場合なら、2巡目に勝てばよかったのよ。なぜなら、ホッキョク君がを3枚持っているなら、の分かれ方は4 3 3 3ということだから。エリーちゃんにを全部取られたとしても、で3つしか負けないから、Aと合わせても負けるトリックは4つで済むでしょう?」
「なあるほど。エリーちゃんのがもともと5枚以上でなければ、ちっともヤバクないから大丈夫ってことだね」ボクがそういうと、「っもう、橋之介君まで!」とエリーちゃんに怒られちゃった。
「ホールドアップには『がまんする、耐える』って意味があるから、そう呼ばれているのね。何事もがまんが必要ってことね」カーチャちゃんが言った。「わかった。ボクもこれからはがまんのできる子になるよ。さあ、次のボードをやろう」ツキノワ君とエリーちゃんがぬけ番を交代して、ボクたちは次のボードにとりかかった。 |
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うわお!今度もたくさん絵札がきたよ。ばんかいのチャ~ンス?また16点のバランスハンドだったので、ボクは1NTオープン。カーチャちゃんが3NTにレイズして、コントラクトはまたまたボクのNTのゲームになった。ツキノワ君からはKが出てきた。
「ひゃ~、なんだかさっきの復習みたいだね。ボク、ドキドキしてきたよう~」思わずそうつぶやくと、「落ち着いてよく考えてね、パートナー」とやさしく言いながら、カーチャちゃんがダミーを開いた。 |
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ようし、今度こそようく考えなくっちゃ。まず、すぐに勝てるトリックは、で3つ、でひとつ、で3つだから、全部で7つあるね。とはツキノワ君とホッキョク君が3枚ずつ持ってるんだったら13枚目も取れるから、2つトリック増える可能性がある。それにはダミーがKJだから、でも1トリック取れるかもしれないぞ。よし!なんとか9個になるかもね。まずはとを試してみようかな。
いや、ちょっと待てよ。さっきはホールドアップしなかったのがまずかったんだよね。ツキノワ君はKをリードしてきたから、さっきのエリーちゃんのみたいにツキノワ君のは強くて長そうだぞ。ようし、ここはまずがまんでホールドアップして、2トリック目に勝つぞ。「スモールプリーズ」ボクはパートナーにそう言った。 |
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でも、2トリック目にツキノワ君から出てきたのはじゃなくて8だった。あれ~、じゃないのお?
ダミーのはK J。ボクはぼろ3枚。ううっ。よーく見たら、を攻められると、チョーヤバイじゃん!Aを持ってる人をちゃんと当てないと、をいっぱい取られちゃうかも?どっちが持ってるんだろ?ボクは、ウンウンうなって考えこんじゃった。でも、もしツキノワ君がAを持ってたら、きっと8とは出さないよね。結局、ボクはそう考えることにして、ダミーからJを引いた。
ホッキョク君はこれをQで勝つと、A、と続けた。結局、で5連敗!あっというまに6トリック取られて、またダウンしちゃったよう~ 。
「パートナー、ナイスシフトだったぜ」ホッキョク君が親指を立てた。「いやあ、ボクのは4枚だし、落ち目があるとすれば、しかないかなと思ったんですよ」ツキノワ君は照れながら言った。
「とはどうなっていたの?」カーチャちゃんの質問に「どちらも3枚ずつでしたから、4トリックずつ取れましたね」とツキノワ君が手をテーブルに広げながら答えた。
「そうだったの。運よくメイクする形になっていたのに残念だったわね、橋之介君」「ごめんよ、カーチャちゃん」「いいのよ。できるようになっていたのはたまたまだもの」カーチャちゃんはやさしくなぐさめてくれたけど、ボクはますますしょんぼりしちゃった。 |
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「そうねえ。このハンドの場合はホールドアップすべきか、A で勝つべきかを判断するのは、ちょっとむずかしいわね」ママが解説を始めた。「リードされたも心配だけど、のストッパーが心もとないから、そちらも心配よね。でも、この第1トリック目の段階でとのどちらが危険かというと、私ならの方がより危険だと考えるわね」みんな、真剣なまなざしでママのお話を聞いてる。 |
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「なぜなら、をツキノワ君の方から攻められたら、でたくさん取られてすぐにダウンしてしまう可能性がかなり高そうだから。とりあえずとで トリックが増えるか試してみて、全体がどうなっているかを確かめていきながら、メイクする方法があるかどうかを考えてみるわ。みんなにはまだちょっとむず かしいかもしれないけどね。カードの配置がメイクするようになっているときはメイクするし、ダメなときはベストをつくしてもダメなときもあるものよ」
「結局、以外で9トリックある手だったわけだから、ボクははじめからをリードしなくてはいけなかったということですね」ママの解説を真剣に聞いていたツキノワ君がつぶやいた。
「いや、最初のリードに何を出すかはむずかしいよ。それより、ホールドアップをするかしないかもケースバイケースで、ほかにヤバイスーツはないか、よく考えないといけないってことだよな」ホッキョク君がそう言うと、「またあ、ヤバイはナシよ!」エリーちゃんがじろりとホッキョク君をにらんだ。なんか、まずいフンイキ…?
「『勝つべきか、勝たざるべきか、それが問題だ…』ってわけだね」あわててボクは話をもどした。
「あれ?『ハムレット』のもじりですか?橋之介君、さえてますね」思いがけずツキノワ君にほめられて、ボク照れちゃった。
「いやあ。ホントのこと言うと、シュークリームの『ハムレット』はこのセリフしか覚えてないんだけどね…」
一瞬の沈黙のあと、みんな大爆笑!あれれれ?ボク、なんかヘンなこと言ったっけ?
「んもう~、橋之介君ってば、おもしろすぎるう。シェークスピアのことをシュークリームだなんて!いったい、どこまで食いしんぼうなの~」さっきまでぷりぷりしてたエリーちゃんが、おなかを抱えて笑ってる。
あっちゃー!せっかくツキノワ君にほめてもらったのに、これじゃあ、いつもと同じじゃん。とほほのほ…。
「あ、そ、そうだったね。ボクなんだか疲れちゃったから、エリーちゃん代わってくれない?」そう言って、ボクはぬけ番の席に移動した。 |
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それから何ボードかプレイしたところで、ママが「さあ、それじゃあみんな手を洗ってきて。そろそろおやつにしましょう」と声をかけた。
よかったあ。なんだか今日は新しいことをいっぱい教わったから、疲れちゃってたみたい。疲れを取るには甘いものがいちばんだもんね!
ママがよく冷えたレモネードとおやつをテーブルに運んでくると、またまたみんなが大爆笑。今日のおやつは、なんとシュークリームだったんだ!むむむむむ…。さっきママが意味ありげな笑いをうかべてたわけは、これだったんだね。
「もう、かんべんしてよう~」ボクが頭をかかえていると、ママはくすくす笑いながら「あら、橋之介はおやついらないの?」とボクの顔をのぞきこんだ。
「そんなわけないよな!いいじゃんか、橋之介。これで、きっとこれからシェークスピアの名前は一生忘れないぞ」ホッキョク君が、バンってボクの背中をたたいた。
「あいたたたた。ホッキョク君、力がありすぎだよう~」ボクは文句を言ったけど、心の中ではホッキョク君のナイスフォローにありがとって言ってたんだ。
ボクが3つめのシュークリームに手を伸ばそうとしたとき、カーチャちゃんが思い出したように言った。
「そうそう、みんなジュニアくらぶの夏休みキャンプはどうするの?」
「ボクもみんなに聞こうと思ってたんですよ。もうすぐ申し込みの受付が始まりますよね」ツキノワ君がジュニアくらぶから送られてきた案内をかばんから取り出した。
「私、行きたーい!」「みんなで行こうぜ!」「さんせーい!!!」
「ママ、行ってもいい?」ボクはママの顔色をうかがった。
「そうね、みんなも行くみたいだし、楽しそうね。いいわよ、行ってらっしゃい」
「わお!ママ、ありがとう!」ママに抱きつくと、「その代わり、夏休み中もちゃんと勉強するのよ。とくに算数の復習ね!」ってクギをさされちゃった。
「勉強もみんなで一緒にすればいいですよ」ツキノワ君が提案した。「さんせーい!ツキノワ君、むずかしいところ教えてね」「私も賛成よ。みんなで勉強する方が楽しいし、勉強のあとでブリッジしてもいいしね!」エリーちゃんも、カーチャちゃんも乗り気みたい。「ヤバッ!今度の夏休みは、チョー楽しみになってきたぜ」
「こらっ!やたらにヤバイ、ヤバイって言わないの!」「ちぇっ!いいじゃんか。おー、こわっ…」
またまたみんなで大爆笑!でも、ホント、みんなヤバイくらいサイコーだよ!今日はブリッジの勉強がちょっと(ってか、かなり?)むずかしかったけど、みんなといっしょならボクも覚えられそうだよ。
あー、キャンプも楽しみだし、早く夏休みにならないかなあ。 |
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ホールドアップとは、ヤバイ方の相手に簡単にリード権がわたらないようにすること。もちろん、このヤバイは「サイコー」って意味じゃないよ。念のため。 |
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「勝つべきか、勝たざるべきか」をようく考えてみよう。 |
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『ハムレット』はシェークスピアの名作。
シュークリームはボクの大好物! |
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