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ある金曜日の夜、ボクたち一家は早めの夕飯の食卓を囲んでいた。ヨーロッパに出張に行っていたパパは今日の夕方に帰ってきたばかりなんだ。パパはママ特製の揚げギョーザをひと口食べると、「うまいなー。やっぱり我が家がいちばんだな」と満足そうにほほえんだ。ママもうれしそうに笑みを返しながら、「それで、ご両親には会えたの?」とパパにたずねた。 |
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「ああ、忙しくてあまりゆっくりできなかったんだけど、いちど食事をすることができたよ。あっちはみんな元気だってさ。たまには家族で遊びに来いって、念押しされたよ」パパは苦笑いをした。そういえば、しばらくロンドンのおじいちゃんたちのところには遊びに行ってなかったっけ。「うわぁ、冬休みにみんなでイギリスに行くの?うれしいなあ」ウィニーが目を輝かせた。この前イギリスに行ったのは2年前だったから、ウィニーはまだ小さ くてそのときのことをよく覚えていないんだ。
「そうだな。なるべく行けるように、仕事をやりくりしてみることにするよ」パパがウィンクした。「やったぁー。ボク、おじいちゃんたちとブリッジするんだ。おじいちゃんもおばあちゃんも、きっとおどろくぞう」ボクもうれしくなって、思わず大きな声を出しちゃった。 |
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「ブリッジ!」ウィニーが何かに気がついたみたい。「ねえ、パパ。おしょくじが終わったら、ミニブリッジして~」ウィニーが甘ったるい声を出した。「あらあら、パパは帰ってきたばかりでお疲れなのよ」すかさずママがたしなめた。「だってー。パパがいないとあんまりミニブリッジできないんだもん」ウィニーは口をとんがらせた。体験教室でウィニーがミニブリッジを習ってから、ボクたちはときどき家族4人でミニブリッジをしてるんだ。でも、出張でパパがいないあいだはおあずけだったってわけ。
パパはウィニーの頭をなでると、「ああ、少しならかまわんよ。時差ぼけ解消にはすぐに眠らないほうがいいしね」と言った。
「まったく、ウィニーには甘いんだから」ママは笑いながらお皿を片づけはじめた。「ごちそうさま!」ボクとウィニーも、あわててお皿を運ぶのを手伝った。 |
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片づけが終わるとさっそくテーブルを用意して、まずはペア決めのカードドローをした。ボクのパートナーはママ、パパとウィニーがペアだ。ママがカードをシャッフルしてみんなに配り、いよいよゲームの開始となった。
「12点」ママから順番に点数を発表していく。「9点(パパ)」、「14点(ボク)」、「5点(ウィニー)」。ってことはボクがディクレアラーだ。ようし、がんばるぞ!ママのハンドがテーブルにひろげられた。 |
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ボクはダミーとにらめっこした。えーっと、が9枚フィットしているから、切り札はがいいよね。2人合わせて8枚以上あるスーツのことは「ゴールデンフィット」っていうんだっけ。
ゲームはできそうかなあ。のゲームだと3つまで負けていいんだよね。うーんと、負けちゃいそうなのはなんだろう。はからまで続いているから安心。はには負けちゃうけど、それ以外は、、があるからだいじょうぶ。はボクのほうは弱いけど、ダミーが1枚だから、1回負ければあとはラフできそうだよね。こういうふうに1枚しかないのは「シングルトン」っていうんだった。よしよし、前に習ったことをけっこう覚えているぞ。それと、は、、がそろっているから、ノープロブレムだね! |
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ってことは、負けそうなのはとくらいってことじゃん。ようし、ゲームができそうだぞ。「切り札で、ゲームでやります」ボクはいきおいよく宣言した。
ウィニーはをリードしてきた。ボクはまずゲームプランを立てた。3つまで負けていいんだけど、負けそうなのはとりあえずとだけだったよね。そうだ。をダミーでたくさん切れば、3つ負けていいところを2つしか負けないで済むかも…。ボクはオープニングリードをで勝つと、まずはを負けにいくことにした。
ボクがを出すと、ウィニーはに負けないようにを出してきた。けど、パパはウィニーのが勝っているのに、をわざわざ出してを返してきたんだ。
「わーい!」ウィニーが歓声をあげた。ボクは3トリック目のにハンドからを出したけど、ウィニーので切られてしまったんだ。次にウィニーはをリード、パパはこれもで勝って、またを返してきた。「やったぁ!」ウィニーは今度はでラフする。あれれ、これで4つ負けちゃったよ。ってことは、もうダウン? |
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そのあとのトリックは全部取ったけど、ぼくはしょんぼりとうなだれてしまった。こんなはずじゃあ、なかったんだけどなぁ。
「まずは切り札を狩らないとね」ママがやさしく言った。「いまプレイした手をもう1回ぜんぶひろげてみましょう」 |
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ほらね。切り札のはからまでそろっているから、ほんとは負けないはずなんだけど、いまのようにプレイすると相手に切られてしまうでしょう。だから、切られてしまわないように、を勝ったあとにすぐ切り札を何回かプレイして、相手の手の中から切り札を集めてしまえばよかったのよ」
「これを『切り札狩り』、または『ドロートランプ』っていうんだよ。場合によってはすぐに狩らないほうがいいこともあるけど、この場合はすぐにをプレイするべきだったね」パパが続けた。
なあるほど。先に切り札をプレイして、相手の切り札をぜんぶ出させちゃえばよかったんだ。なんだか損しちゃったなあ。 |
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「お兄ちゃんってば、やっぱりあわてんぼさんね」小さなで2回もラフして大満足のウィニーが、したり顔で言った。
ボクは恥ずかしくなって、うつむいて4人のハンドがひろげられたテーブルを見つめていた。そこでボクは、2トリック目に、ウィニーのが勝っているのに、パパがわざわざで勝ったことを思い出した。それから、を出してウィニーにラフさせたんだ。パパがウィニーにを勝たせたままにしていたら、そのあとでをラフされることもなかったはずだ。
「でもさあ、どうしてパパにはウィニーのが1枚だったってわかったの?」ボクはパパにきいてみた。 |
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パパはおやっという顔をしながら、「よく気がついたな。えらいぞ、橋之介」とボクをほめてくれた。わけがわからずにきょとんとしていると、パパが説明してくれた。
「ウィニーのがシングルトンかどうか、確信があったわけじゃないさ。でもパパはAを2枚持っていただろう。ウィニーの点数は5点しかない。橋之介のにをかぶせたとなると、ウィニーの5点はとらしいことがわかる」うんうん、とボクはうなずきながらパパの話に聞き入った。
「はダミーがシングルトンだから、こちらとしてはでは1トリック以上勝てそうもない。そうなると、もし橋之介ののゲームを落とすことができるとしたら、ウィニーのがもともと1枚しかなかったとダメもとで期待するしかないと思ったんだ。運よくそのとおりだったわけさ」
「そっかー。ウィニーの手が見えてたわけじゃあなかったんだね」ボクはすっかり感心してしまった。
「そしてウィニーも、ダメもとでを切ったあとにを出したってことだね。もしかしたら、パパがを持ってて、またを切れるかもしれないから」
「そうだよ。ディフェンダーになったら、どうしたら落とせるかをつねに考えることが大事だからね。そしてディクレアラーは作ることを考える。お互いベストをつくすわけさ。さっき、パパがでわざわざ勝って、ウィニーにを切らせたことに、橋之介が自分で気づいたのは大事だぞ。そうやって自分でいろいろ考えてみて、次に生かしていけばいいのさ」
ボクはうっかり失敗したばかりだったのにパパにほめられて、なんだかくすぐったくなっちゃった。でも、さっきまで落ち込んでた気分はすっかりどこかへ行っちゃったよ。失敗しても新しいことをどんどん勉強していけばいいんだよね。「失敗は成功の友」っていうしね。あれ、なんかちがうかな?
「切り札狩り、よーくわかったよ。じゃあ、次をやろう!」ボクは元気よく言った。 |
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切り札をプレイして相手の切り札をなくしてしまうことを『切り札狩り』という。 |
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狩ってもよさそうなときには、切り札を狩ろう。狩ってもよさそうなときがどんなときかは…。これから勉強、勉強。 |
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失敗は成功のもと! |
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