今日は雲ひとつない天気。午後2時。ボクんちのリビングルームにママが準備しておいたブリッジテーブルのまわりには、ベアーズスクールの友だちが勢ぞろいしてる。ツキノワ君、ホッキョク君、エリーちゃん、そしてカーチャちゃん。そう、今日からみんなでママにコントラクトブリッジを教わることになってるんだ。ホッキョク君のお誕生日パーティーでみんなから提案されたんだってママに話したら、ママがみんなの両親にも相談してOKしてくれたの。でも、条件つきだったけどね。
条件のひとつは、スタートするのは、ボクが通ってた横浜ブリッジセンターのミニブリッジ教室の3カ月のコースが終了してからということ。そして、もうひとつは・・・
「みなさん、いらっしゃい。ちゃんと週末の宿題は済ませてきたかしら?」ママがみんなにたずねる。
(そうなんだ、もうひとつの条件ってのは、土曜日の午後2時~5時までと決まったママのブリッジ教室が始まる前に全員週末の宿題を済ませておく、というものだった。でも、みんなブリッジを習いたいから、泣く泣くこの条件をのんだんだ。あ、泣く泣くってのは、ボクとホッキョク君だけかもしれないけどね。)
「もちろんです、おばさま」エリーちゃんがママに答えた。「ボクは週末の宿題はいつも金曜日中に済ませてますから」ツキノワ君も澄ました顔でいう。他のみんなもうなずいて、宿題が済んでいることをママにアピールした。
「それではさっそくはじめましょうか」 |
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「みんなミニブリッジは少しやっているから、だいたいのことはわかってるわね。ミニブリッジとコントラクトブリッジのいちばんの違いはディクレアラーの決め方なの。ミニブリッジでは4人全員が持っているカードの点数を発表しあって、合計点が多い方のペアのうちよりたくさん点数のある人がディクレアラーになるわよね。でも、コントラクトブリッジでは点数は発表しないで、その代わりにオークションでディクレアラーを決めるのよ」
「へえー。点数を発表しないんだ!」ホッキョク君が口をはさんだ。
「そうよ。オークションは英語で『競り』という意味で、順番に競りをしてディクレアラーを決めるの」ママの説明はさらに続く。 |
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(図)オークション時のスーツの強さ |
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オークションはディーラーからスタートして、プレイと一緒で時計回りに4人が順番にコールしていく。コールには、大きく分けて『ビッド』と『パス』がある。ビッドには、このスートを切り札にして(またはNTで)、これだけのトリック数を取りますよ、という意味がある。13トリックのうち過半数の7トリックを取るという宣言が基準なので、これを1のレベルとする。 |
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つまり『1(ワンクラブ)』っていうと、を切り札にして7トリック取りますよという宣言になる。『2』ならを切り札にして8トリック取りますよ、ってこと。スーツのランクは <<<<NTだから、ビッドもこの順番にかぶせていける。たとえば、1と言われたらそのあとで1とは言えるけど、1のあとに1は言えないんだ。
うーむむむ・・・。こりゃあ、手強いぞ。ママとパパがコントラクトブリッジをやってるのは何回も見たことあるけど、実際に自分がやるとなると大丈夫かなぁ。ボクの頭、もうパンク寸前だよ! |
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そうっとみんなを見まわすと、ツキノワ君はものすごい勢いでメモを取っている。エリーちゃんは、うんうん、こんなことはわかってるって顔だ。おうちでブリッジしてるのかな?ホッキョク君とカーチャちゃんは早く先が聞きたいって顔で、ママを見つめてる。ええーっ!みんなは頭パンクじゃないのお?ボクはますます不安になってきた。おっと、ママの説明を聞きのがしちゃう。パスは特に言えることはないって意味だ。うん、これは簡単。誰かがビッドした後に 3人が続けてパスすると、最後のビッドがコントラクトになる。みんなが約束したことだから『コントラクト=契約』なんだ。そして、コントラクトが決まったら、コントラクトを取ったペアのうちでそのスートまたはNTを最初にビッドした人が、ディクレアラーになる。あー、またこんがらがってきたよ。 |
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「例えば、Nが1、Sが1NTと言って、Nは3NTまで押し上げます。そこで、他のみんながパスしたとしましょう。そうすると、コントラクトはSの3NTということになります」ああ、そっかー。話を最後まで聞けば、なんてことないじゃん。ほっ。
「ビッドはコントラクトを提案しますが、それよりパートナーとの情報交換手段という意味あいの方が強くて、いろいろな情報がこめられているのよ。 たとえば、最初にビッドすることをオープンするというのだけど、そのためには基本的に最低13点が必要なの。ビッドするスートには4枚以上あることが望ましいわ。特に、メジャースーツのとでは1の代のオープンは5枚以上あることが約束事になっているの」ママの説明はまだまだ続く。
「つまり、『1』というと13点以上あって、は5枚以上ありますよって、パートナーに伝えていることになるんですね。そうやってスーツのフィットを見つけていくんだわ」カーチャちゃんがひとりごとのようにつぶやいた。
「そのとおりよ。こうやっていろいろ情報交換して、どのスートを切り札にするか、あるいはNTでやるのか、どのレベルのコントラクトがいいのかを決めていくの。みんなも知っているように、ゲームやスラムだとボーナス点がつくでしょう。でも、そのボーナス点は、決められたレベルまでちゃんとビッドしてコントラクトとして宣言しないともらえないの。オークションで目指すのは、ペアで協力して、できるだけたくさん得点できるようなコントラクトを宣言することなの」
どうしてオープンするには13点以上必要なんですか?」ツキノワ君が質問する。
「1セットのカードのなかにHCP(ハイカードポイント)は全部で40点あって、1人当たりの平均では10点になるでしょう。13トリックのうちの過半数の7トリックを取ると言うからには、この平均に少しおまけがついていないとね」
「なーるほど、平均+おまけ、ですね」メモを取り続けるツキノワ君の手が忙しく動く。
「ああ、最低4枚ってのも、1人当たりの平均+おまけなんだ」ホッキョク君がぼそっと言った。
「鋭いわね、ホッキョク君。そのとおりよ。ひとつのスートに13枚あるカードを4人に配ると3枚ずつで余りが1。だから3+1でおまけね。それから、オープンの条件は最低13点だけど、パートナーがオープンしたら、6点あったら何か答えましょうね。2人合わせると約20点はあるから、少し頑張ってそのことをパートナーに教えてあげないとね」
「全部で40点のうち20点以上あるかもしれないってことだから、頑張ろうぜってことだね!」ホッキョク君は手をたたきながら言った。「すごいわ、ホッキョク君。そうやってパートナーといろいろ教えあっていくのよ」ママは目を細めた。
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「さて、細かい約束事はこれからだんだんに勉強していきますから、そろそろ実際にやってみましょうか」ママはボクたちに裏返しにしたカードを5枚差し出しながら言った。
「5人いるから交代で4人ずつやりましょう。余った人は誰かのうしろで見ていてね。最初はカードドローで決めて、あとは1ボードずつ、N、E、S、Wの順で交代していきましょう」
カードを引くと、ツキノワ君が(=N)、エリーちゃんが(=S)、カーチャちゃんが(=E)、ホッキョク君が(=W)だった。ボクはジョーカーで1回目はお休み。ちょぴりがっかりしたけど、最初はみんなのを見てる方が気が楽かも。だって、ボクの頭はもう爆発しまくりなんだもん。 |
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「オープンするときはさっきの約束を思い出して、あとは自由にビッドしてね。ある程度点があって、長くてよいスートがあったら、相手側にオープンされても発表してみるのもいいわね。ひとつだけ気をつけることは、ビッドはパートナーとの相談事だということよ。フィットがわかったら、パートナーを応援してあげましょうね」ブリッジテーブルの真ん中にママがボードを置いた。
「はーい!」みんなは元気よく返事して、さっそくボードから自分のハンドを取り出した。
「パス」「1」「1」・・・。ビッドが始まった。 |
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ボクたちはわいわい言いながら、しばらくブリッジをした。ママの説明を聞いてるときにはボクもうダメ~って思いかけたけど、実際にやってみたら案外大丈夫だった。でも、パスしてるのがいちばん好きかなー、今のところ。
5ボードが終わって抜け番が1周したところで、夢中になっていたボクたちにママが声をかけた。「そろそろ休憩にしない?今日はパンプキンパイを作ったのよ。みんなが来てくれたから、パイもおいしそうに焼けたわよ。見て、このツヤ!」
「うわぉー、うまそう!!おれ手を洗ってこよっと!」ホッキョク君がとびあがった。
「うれしい!わたしパンプキンパイ大好き」エリーちゃんもニコニコ顔だ。
やったね、ボクさっきからお腹がへんだと思ってたんだけど、ぺこぺこだったんだ!パイを見たらわけがわかったよ。このときのために、ママはがんばってパイを焼いてくれたんだ。橋之介、カンゲキぃ。
「おばさま、先生なのにお菓子まで焼いていただくなんて…すみません」カーチャちゃんは遠慮してるみたい。「いいえ、みんながブリッジを習いたいと言ってくださって、橋之介もわたしもほんとにうれしいのよ。お客さんとのティータイムは楽しいしね。さ、ツキノワ君もメモをちょっとお休みしてこちらに座らない?」ママがダイニングテーブルにみんなを手招きしてくれた。
「ええっと。ある程度点があって、長くてよいスートがあったら…」ツキノワ君のつぶやきを残して、みんなは立ち上がった。 |
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ティータイムのあいだも、みんなはいま習ったコントラクトブリッジと、ミニブリッジの違いについて話したり、失敗したと思うところをママに聞いたりと熱心だった。ボクはパンプキンパイの舌触りを楽しみながら味わうのに忙しく、おしゃべりするヒマがない。ママはお料理が上手だけど、このパイはとくにイケル!3切れめをもらえるかどうか考えていたとき、エリーちゃんがぼくの背中をポンポンたたいた。「聞いてた?みんな、橋之介君のおかげで今日はすっごく楽しかったって言ってたのよ。頭もよくなりそうな気がする」
「う、あ、ボクもね、はじめ難しくて頭がパンクするかと思ったけど、実際にやってみたらそうでもなくて、安心したの。こういうの"案ずるよりやるがやすし"って言うんだっけ」そう言ったら「おいおい、それを言うなら"案ずるよりやるが早し"だろ」ってホッキョク君に突っ込まれちゃった。
でも、なんだかみんなシーンとしてる。どうしたんだろ?ホッキョク君のも正しくなかったのかな?と思ったとき、ママがエリーちゃんのほうを向いて何か差し出した。
「エリーちゃん、よかったらこれをお使いなさいな。カードホルダーよ。エリーちゃんはみんなより少し手が小さめだから、カードを持ちにくそうですもの ね。すぐ必要なくなるでしょうけど、今は役に立つと思うわよ」エリーちゃんは手を伸ばしてカードホルダーを受け取ると、うれしそうに「ありがとう、おばさま。これを使えばいいのね。手がちっちゃくてもみんなには負けないわよ」とお礼を言った。
「その調子よ、エリーちゃん。さあみんな、パイもなくなったし、休憩はそろそろ終わりましょうか」ママがウインクすると、みんな楽しそうに立ち上がった。もうパイがないなんてショックだけど、ボクだって後半もがんばるぞ。パイはまたママに作ってもらえばいいや。一度にあんまり食べると眠くなるしね。 よぉーし、レッツゴー! |
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ビッドはパートナーとの対話である。 |
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オープンは13点から、レスポンスは6点から。 |
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1と1は5枚保証。あとはなるべく4枚保証。 |
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